カテゴリ:peoples( 29 )

繋がり眉毛家族

父 眉男
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母 眉子
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長男 眉太郎
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長女 眉未
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おじさん
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今後ともよろしくお願い致します。
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by by8s | 2013-03-21 20:54 | peoples

Fat Family

父 太男
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母 太恵
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長男 太一
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長女 太実
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今後ともよろしくお願い致します。
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by by8s | 2013-03-19 22:26 | peoples

リニューアルした男

10円ハゲで出っ歯の硬派な男が、その男の代名詞【努力と忍耐】で掴んだ金で、インプラント治療と植毛をして、ちょっといい男になりました。
使用前
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使用後
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by by8s | 2013-02-25 15:46 | peoples

ココアおばさん

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轟 ユキエ(仮名)

本日はお寿司を食べた帰り、真っ直ぐ家に帰りたくないらしくお店に寄ってくれました。
そしてコーヒーだと眠れなくなるからとココアを飲んでいってくれました。
あと、お寿司食べたあとにも関わらず生麩のバター焼きまで。
どうもありがとうございます。

本人の意向により、顔は伏せさせて頂きます。
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by by8s | 2013-02-22 17:50 | peoples

占いおじいさん再び

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高島 伯閣(本名:萩原 衆心)

横浜本牧出身の元おぼっちゃま。現在81歳。父親は元外交官、2人兄弟の弟は元医師、父方の祖父は、静岡出身で当時のお茶の葉を入れる銅箱を発明したと言われている。

元々の職業は、横浜港で外国船の荷揚げを取り仕切っていた会社の社長。小さい頃から、厳格な父親とは反りが合わず、アルバイトで貯めたお金で、若くしてその会社を立ち上げた。その会社の方は、男の不眠不休の努力により3人からスタートしたのが、数年後には100人以上もの従業員を擁すことになる。業績は右肩上がりで伸びて行き、最高時には年商50億もの売上を上げた。がしかし、順調な時にこそ、油断という落とし穴がある。人に騙され借金を背負うハメになってしまったのだ。男のモチベーションは徐々に下がっていき、その時の業績はさほど悪くなかったが、会社を一度清算しようと余儀なくたたむ決意をした。その苦渋の決断までの道のりは、従業員たちの受け皿捜しから始まり、借金返済の為の計画書、家族の生活のことなど、胃痛と頭痛と孤独との戦いだったという。

なぜ、占い師という今までに縁がない職業に就いたかというと、会社が順調だった時に、知り合いの紹介で遊びがてら、ある占い師にみてもらったことがあったらしい。その時に、占い師から何年後かに会社は潰れると言われたみたいだ。
男はそう言われたことを思い出し、再びその占い師に会って、なぜそう断言出来たのか、あなたに自分の何がわかるのかを聞きに行った。
その時に色んな話を聞き、そういうことなら自分も出来ると、その占い師の弟子になり猛勉強の末、占い師たる術を取得していった。元々努力家だった男は、銀座の路上で次つぎと鑑定していき経験を積み、その熱心さと人柄、あと彼の武器は英語が堪能なところで、外国人相手にも占いが出来る数少ない占い師として、多方面から依頼が増え、元いた師匠から独立し、原宿に事務所を構えるまでになる。それから弟子を5人程持てるようになり、さらには仏教の勉強までして、住職の肩書きを持つまでになり、祈祷所までも自分で建ててしまったのだ。

昔から男はやると決めたことは、最後まできっちり貫き通す男だった。そして時は流れ今がある。年を重ねれば病院に世話になることもある。若い頃からの不眠不休生活、占い師になってからは、悩みをもつもの、病んでいるものまで、鑑定に来る人は8割方そういう方たちなのもあり、職業上座ってるからといって結構な体力気力の消耗があるらしい。
それが祟ってか70歳を境に体力自慢だった男が病院に世話になることが増えたらしい。それから弟子たちが独立したり、他界した人もいて、原宿の事務所はたたむことにする。その後の男は、身体と相談しながら、出張という形をとりながら、前からの顧客さんからの依頼で会社の採用試験の面接官をしたり、さらにはその能力を活かし、人事のコンサルティングまでこなすようになる。

男との出会いはある友達から、ボブも騙されたと思って一回みてもらった方がいい、友達もその場所まで一緒に行くからということで、そこまで言うならと、ノリ気じゃない重い腰を上げたわけだが、それにしても悩みといえば店の売上げくらいの能天気なオレが何を相談しようかな?くらいの軽いノリでみてもらったのが最初の出会いになります。それで飲食店をやってると言ったら、今度顔出すよとのことで、一週間後に来て、落ち着くいい店だね~、来週から一席借りて占いやっていい?って言うもんだから、まあ物は試しってことと、80歳のおじいさんのお願いってのもあり、そう簡単に断りづらいってことで、了解して始めたのが、占いおじさん出張鑑定サービスになります。しかし今はみてもらいたい人がいたら、連絡して出張してもらってる程よいスタンスでやっています。もしご興味ある方いましたら、80男子が出張サービスでお出迎えしますので、ご一報下さい。また、生徒さんも随時募集中らしいです。

鑑定に当たっての僕的なアドバイスは、本人の中で生きていてやるべきこと、人生設計に確信がある方は必要ないと思います。一方で年を重ねると、色んな問題が出て来ると思います。それを良い方向に自己解決出来れば良いですが、一人で判断することが難しいことや、自分の中で何かを変えたいと思ってる方には、本人に合った良きアドバイスをしてくれると思います。その道で合ってれば、背中を押してくれるし、違えば的確にこうした方が良いなど良き道に導いてくれます。とはいえ、統計学上のことなので、合ってるものもあれば、違ってるんではないかと思うこともあろうと思います。鑑定に対しての感じ方は人それぞれだと思いますが、80歳の人生経験豊富な方の意見を聞くだけでも損はないと思います。

結局僕が言いたいのは、本人の努力次第だということ。長い人生の中、時には山もあり谷もあると思いますが、人の意見に左右されることなく、しっかりとした自分というものを持って、信じる道を進んで行けさえすれば、その人にとっての素晴らしい人生が待ってるはずです。努力もせずに成功なんてありえないと思っているので、待ってるだけではそれなりの人生になってしまうと思います。年をとってから後悔したくないからね。
将来自分がどうありたいか、それさえみつけられれば、自ずと進むべきレールは出来たと同じです。後はそのレール脇に綺麗な花を咲かせたり、景色のよい気持ちのいい道のりにする為に、努力が必要になってくるだけで、至ってシンプルなものだということ。殺風景な道のりで自分はいいと思えばそれはそれでいいし。けど努力をしたからといって決してその先に天国が待っているとは限らないのが、また神様の意地悪なところで、持ってる人もいれば、持ってない人もいる。時期が早ければハズすこともあるだろうし、その先100年後に報われることもあるだろうし、本当の未来を予言出来るのに越したことはないが、そんなの現代の人間には到底無理だと思うし、幸せを感じることと、やっていきたいことが、必ずしも一致するわけではないかも知れない。幸せを感じる基準は千差万別だと思う。とてつもない大きな夢を実現しようとする人と、小さな幸せを求める人とでは、全く違ったストーリーがあるわけだから、全てにおいて他人に対し断定なんて出来るはずがない。
だからこそ本人が出来ることは、人事を尽くして天命を待つしかないのではないでしょうか。
その人に合った人生の道というものは、その本人にしか創れないはずですから。

私見ばかりで根拠もありませんが、僕的意見を書かせてもらいました。

Simple is best.
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by by8s | 2013-02-21 18:36 | peoples

一期一会の大切さを教えてくれた男

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横山 謙三

ご近所にお住まいのオープン当初からのお客様。一妻一男一女の幸せ4人家族の家長。

この方、横山さんとの出会いはとても印象に残っている。お店オープン前の話になるので、7年前の冬の出来事。

自分とユキとチズで、学大のおでん屋やべで、これからのお店の構想を熱く語り合ってたそのカウンター席の隣に1人ふらっと店に入ってきた男が座った。最初は話に夢中で目にも止まらなかったが、段々とその男の耳はこちらの話に向いていることに気付く。
そうこうしてると、その男が「これ食べる?」とビニール袋の中から柿を3コ取り出した。その行為にちょっとびっくりするも、ありがとうございますと素直に隣にいたチズが、屈託のない笑顔で受け取った。そうすると、その男が「さっきから何の話をしてるの?」と聞いてきた。チズがユキに目配せをする。自分はというと、横槍が入ってきた感じで正直イヤな気分だった。するとユキがオレの心の中を読み取ったのか、ちょっとため息まじりで話し出した。「来月にこの辺で、飲食店始めるんです。その準備とか、メニューの話してたんですよ。」「う~ん、そうか、余りにも楽しそうに話してたからね、何かと思って。頑張ってね。」たしかそういうやりとりだったと思う。

それから1ヶ月が経ち、何とか店をオープンすることが出来たわけだが、2〜3日が経ち、ふと客席を見回すと見覚えのある顔がそこにはいた。あっあの時のおでん屋でのおじさんだ。すかさず男が座る席の前に行き「1ヶ月前くらいにおでん屋にいませんでした?」「あ~やべね。よく行ってるよ。ん、もしかして、あの時の3人組かぁ?」「そうです。あの時は柿ありがとうございました。」「いや~近所にお店が出来たって聞いたから、入ったんだけど、ここが君の店か。」

それ以来のお付き合いです。自分たちに子供ができる前、店の定休日に飲みに連れていってもらったり、永仁が産まれた時には病院まで会いに来てくれたり、もちろんすみれが産まれた時も。旅行に行くたびお土産くれたり、人出が困ったら言ってといい、娘さんがバイトしてくれたり、私ならいつでもイイわよっこんなおばさんだけど、と奥さんが言ってくれたり、勤めている会社の入社式の時に、大量のお弁当を注文してくれたりと、東京での親と思えるくらい、すごくお世話になっている方です。

そんな男との出会いから今日まで。
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by by8s | 2013-02-21 11:35 | peoples

これより新旧チロリン揃い踏み

まずは文化屋雑貨店の説明から~
70年代~80年代の渋谷PARCO系カルチャーのひとつのメッカともなったその名物ショップは、オーナーさんが中国や東南アジアで買い付けてきた100円程度で買えるおもちゃの指輪や文房具、何に使うのか……という意味不明のものなどが所狭しと並び……というか、ゴチャゴチャッと放り投げられたままの、どこに何があるかわからない宝島のような素敵なお店。いまも裏原宿に場所を移して営業中ですが、その〈文化屋雑貨店〉がファイヤー通りにあった頃、ときどき看板娘としてお店番をしていたのが、当時「anan」などの読者モデルとしてキュートな魅力を振り撒いていた島崎夏美です。

80年代半ばのある時、その島崎を中心に5人組女の子バンドが組まれました。名前はチロリン。全員歌は歌えるけど楽器はほとんどできません。チャットモンチーとかスキャンダルとか虚弱。のような、曲も書けて演奏もできちゃうイマドキのガールズ・バンドより遥かにダメダメでした。というより、最初から可愛らしいポップ・アート的な存在をめざして組まれていたんですね。そんなチロリンをプロデューサーとして全面的にバックアップしていたのがムーンライダーズの岡田徹。曲は彼のほかに鈴木慶一やかしぶち哲郎など、やはりムーンライダーズの面々が手掛けており、SwitchやT.E.N.Tという当時の優良ポップ・レーベルからシングルやアルバムがリリースされていました。桜沢エリカがジャケットのイラストを描いたのも話題になったものです。また、ムーンライダーズの10周年記念ライヴにコーラスで登場したりもしました。

そんなチロリン、現在は活動していません。が、先頃何とふたたび岡田徹のプロデュースで、その名も〈新チロリン(Chiroline ver.2)〉という女の子バンドがデビューしたのです。そう、チロリンの〈2012年度版〉です。4人組ですが、中心人物はやはり読者モデル出身の桐島ヒナタ(まだ10代)。鈴木慶一、アーバンギャルドの松永天馬らが楽曲提供して仕上げられたアルバム『Chit Chat Chiroline/おしゃべりチロリン』は、当時のチロリンとは少し異なり、ガジェット楽器を用いた電子音楽集。とはいえ今様のボーカロイド系ではなく、愛らしい文化系女子による鼓笛隊風ポップになっており、かつてのオリーブ少女の現代版をイメージしたようなサウンドになっています。プロデュースした岡田に言わせると、キーワードは〈英国の全寮制女子高〉〈映画「ピクニック・アット・ハンギングロック」〉、あるいは〈チロリアン音楽〉などなど。今日のアイドル文化とはまた違う、懐かしいガーリーさを感じさせる作品なのです。

今回の新チロリン始動に際しての写真展のイヴェントには、〈オリジナル〉のチロリンのリーダーである島崎夏美も登場したのだそう。かつてのオリーブ少女たちはこの新チロリンを聴いてどう感じるのでしょうか。感想をぜひ聞いてみたいものです。

長文で申し訳ありませんってことで、人物紹介とさせて頂きます。
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島崎 夏美

うちでバイトしてもらってた時期がある。当時の看板おばさん、いや失礼看板娘。現在は恵比寿神社近く、ワインバーコトラタバーン店主。
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桐島 ヒナタ

お店のオープン当初から家族で来てもらっています。当時は小学生だったのに、今は立派な女性に変身。今後の彼女に乞うご期待。

そんな2人がこの前のフリマに来てくれました。

時代は流れている。その流れに乗るか、飲まれるか?いやただただ太い巨木の様に立ち尽くし、その流れの風景をみていられるか?その流れに逆らって逆流出来るくらいのパワーを持ってるか?自分の立ち位置はどこなのか?ここなのだ。自分は巨木で有りたい。その道程として芯の部分を太くしなければならない、今はその過程、迷い不安はたくさんあれど、社会や色んな意見に惑わされず、それをしっかり受け止め、状況次第では微調整しながらも判断し進んで行きたい。

まあ理想論だけどね。けど思い、言い、行動するのは自由だから。けど守るべき人達を自分の意志を貫き通すがために、路頭に迷わすことだけは出来ない、そこが一番の自分の中での芯だから。ありがとう。自由でいられてる今にも過去にも、そうさせてくれてる周りの人にも感謝しないとね。

想い続けていれば、それは必ず叶うと云う。自分の想いは大切な人を守り敬い幸せを感じてもらうこと。自分自身の夢はその次でいい。

先日の2月8日で7周年を迎えることが出来ました。そんなこんなでずっと走り続けてきて、周りが見えない時期もあったけど、今ふと立ち止まって思ったことをこの場を借りて書いてみました。
みんなありがとう。
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by by8s | 2013-02-19 17:50 | peoples

ソフトクリームおばあさん〜総集編〜

いや〜ここのソフトクリーム美味しいのよね〜
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また来ちゃった、今日はごはんの後にたのんじゃお
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あっヤバイ!
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よかった〜また来てくれた
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似顔絵まで描いちゃう始末
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間があくと、心配までしてしまう始末
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あ〜今日は準備中だわ〜またにしましょう〜
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窓越しのソフトクリームおばあさん、車に気をつけてね
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また来てね!いつでも待ってます
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by by8s | 2013-02-19 09:26 | peoples

革ジャンを愛すワルで子煩悩な男

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安本 泰三(通称:やっさん、タイゾウさん)

1964年福岡県生まれ、九州乙女座O型会会長。
桑沢デザイン研究所・インテリア住宅科卒
店舗ディスプレイデザイン、広告代理店を経て、95年に青山のクラブ「蜂」のオープニング・プロデュースに携わる。
その後同店店長として店舗運営、イベント・DJのブッキング等のプロデューサーに。
98年からデザイン事務所にて広告、CDジャケット、カタログ等のスチール撮影のディレクション、及びコーディネーターとして活動。
02年にはクラブ「蜂」の上階にオープンしたバー「一番星」をプロデュース。
03年からフリーランスとして独立し、現在キャスティング・コーディネーターとして活動中。
革ジャンと歌謡曲を愛する。
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by by8s | 2013-02-18 15:13 | peoples

モノトーンで子煩悩な男

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加賀美 健

74年東京生まれ。国内外で数々の個展、グループ展に参加するかたわら、Tシャツデザイン、アパレルブランドとのコラボレーション、アルバムジャケットデザインなどで活躍中。ドローイングからインスタレーション、スカルプチャーまで表現形態も幅広い。
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by by8s | 2013-02-18 14:59 | peoples